Monologue: December 7 2011

 
「作品」「≒作品」「写真」- 芸術の所在、写真の所在、あるいは不在について
 
久しぶりのブログ更新となりました。
展覧会の会場撮影を中心としたカメラマンのお仕事を少しずつ頂いています。
しばらくはこのお仕事を生業にしつつ美術家の活動を続けていこうと思っています。

先日、東京都写真美術館で開催されたレクチャーに参加しました。
「「作品」「≒作品」「写真」- 芸術の所在、写真の所在、あるいは不在について」
と題した発表でしたが、時間の都合でお話しできなかったところが多くありましたので、
その一部分についてですが、ここに纏めておこうと思います。(それぞれ写真をクリックすると拡大表示されます)
 

Courtesy the Estate of Koji Enokura, Photography Taken by Shizune Shiigi

この写真に写っている冊子は、1970年に開催された「第10回日本国際美術展〈人間と物質〉」
が京都へ巡回した際に刊行された二分冊目の方の図録です。
中平卓馬さんの写真が表紙を飾ったことでも有名な一分冊目に比べて発行部数が少なく、
一般にあまり知られていない図録です。
東京展で刊行された一分冊目の図版には各作家による出品作の制作段階におけるエスキースが掲載されています。
二分冊目の図版には東京展の展示風景の写真が掲載されていて、巻末のクレジットによると、
撮影は原栄三郎さん、大辻清司さん、安斎重男さんと、一部作家自身によって行われています。
右頁が私の大学時代の恩師・榎倉康二さん (1942-1995) の掲載頁で、
頁の上の方の写真は大辻清司さん (1921-2001) によって撮影されています。(*1)

私は、随分前から榎倉さんと大辻さんの写真作品に共通点を感じていました。
このことは「《写真》見えるもの/見えないもの」展で大辻さんの作品を展示した理由として
少なからず関与しています。
光田由里さんもその共通点にお気づきで、図録に寄せて頂いた論考
「メタ写真と私性 - 中山岩太 大辻清司 榎倉康二 高松次郎」でも触れられています。

最近の出来事ですが、〈人間と物質〉展で大辻さんが撮影した榎倉さんの展示風景のモダンプリントが、
榎倉さんの奥様に手渡ったことを耳にしました。
私はレクチャーに際してこの写真のことを触れようと思い、特別にお願いして複写させて頂きました。
下が複写した写真です。


Courtesy the Estate of Koji Enokura and the Estate of Kiyoji Otsuji, Photography Taken by Shizune Shiigi 

搬入時の風景で、作業する榎倉さん(右から2番目)も写っています。
私は、大辻さんの写真への取り組み (*2) を私なりに引用し、”教材としての写真” を制作しようと考えました。
榎倉さんの写真作品 (P.W.−No.127, 1994) の被写体にもなった机の上に大辻さんの写真を置き、
私がいつも作品で使用する8×10のカメラで撮影しました。
先述の〈人間と物質〉展図録の複写も8×10で行いました。
図録を置いた台も同様に榎倉さんの写真作品 (P.W.−No.15, 1972) の被写体として登場する道具函です。
父である画家・榎倉省吾さんが使用した道具函を榎倉さんが継いで使用していました。
プリントや図録、置かれた台たちが歩んだ時の重みを感じつつも、
日中の光に包まれた室内での穏やかな撮影になりました。

ここで注意しておきたいのは、私が撮ったこれら2つの写真は “教材としての写真” だということです。
つまり “作品” ではありません。
特に2つ目の写真に写っている “写真” には、榎倉さんの作品にまつわる状景が写され、
且つそれは当時の大辻さんによって撮られたものであって、
私はその経緯の中に作家として何ら関与していません。
作家である私がどんなカメラで複写したところで、
それはあくまでレクチャラーとしての “教材” を制作したに過ぎません。
私の論の核心は、2人の作家の没後に偶然の重なりでプリントが手渡った事そのものが “芸術” だと
考えたところにあります。
作品と作品写真、作品と仕事、それぞれが結びつかない相対でありながら、
時を経て、当人の意志とは別の次元のなかで、少なくとも私の認識のなかで、
それが “芸術” として存在するのです。

今、私は作品を撮る仕事に就いていますが、そこでつくられる写真は “作品” ではなく “写真” です。
高松次郎さんの《写真の写真》とは異なり、会場撮影や作品撮影というものが《作品の作品》とは認識し難い
領域なのだと感じています。
しかしながら、その仕事に誠意を込める毎日が、不思議なことに非常に面白いのです。

大辻さんが撮った2つの榎倉作品の展示風景には、共に、油に映り込んだ蛍光灯が写されています。
仕事のなかに作家としての感性がしっかりと働いているのがよく分かります。
 

*1 下の方の写真は原栄三郎さんによる撮影です。
*2 1975年の『アサヒカメラ』に連載された「大辻清司実験室」に代表される評論と実作の統合。

 
 

This entry was written by shiigishizune , posted on Wednesday December 07 2011at 12:12 am , filed under Monologue