Monologue: May 31 2011

 
《反》を唱える
 
台風が来て、気圧の変化からか喘息になり体調を崩しました。
さして何もしていない日々なのに、更に身体まで儘ならないでいると、
自身の無能さが際立ってきて情けなくなります。
こういう時に限って何の打開にもならない考えごとに耽ってしまうので、
余計にたちが悪いです。

そんなこの数日、《反》について考えていました。
例えば、戦後日本の美術家達が《反》にこだわった理由について。

《反》は否定の姿勢。
大義はどうあれ、民衆の生活になんら恩恵のなかった戦争は、
戦後になって否定しなければならない過去になりました。
広島、長崎で起きたことは屈辱的な壊滅だった訳で、
《反》はそれを知る民衆の責任だったのではないでしょうか。

その時代に居なかった私が知ったようなことを言いますが、
でも最近、その幾らかは分かるようになりました。
今、再び《反》を唱えなければならないように思うのです。

その前の問題として、私の身体の具合のだらしないことときたら。
 


 
 

This entry was written by shiigishizune , posted on Tuesday May 31 2011at 10:05 pm , filed under Monologue